帰っていく記憶
初釜で使った重箱の一つには「煮しめ」が入っていました。
ドイツで手に入るもののみで作るので中身の種類は限られていますが、それでも作ってみるとなぜだか安心するような、そんな気持ちになるのが不思議。
初釜の時は料理を作り始めたのが前日の夜9時。
時間もないし、筑前煮みたいに「全部一つの鍋に
放り込んで煮てやろう」などと考えていたのですが、気が付いたらいつものように別々の鍋で別々に煮ていたのが自分でも可笑しい。
それぞれ下茹でが終わったら、椎茸とこんにゃくは椎茸の出汁で煮て醤油と砂糖が強め、海老は昆布と酒が多め、芋は海老を煮た汁と昆布と追い鰹、蓮根は昆布と鰹だし。。。と、調味料は全部「出汁、醤油、味醂、砂糖、酒」くらいなのに、全部ちょっと違う味。
(・・・になったはず、たぶん)
ちなみに「芋を海老の出汁で煮る」というのは母がよくやっていた方法。
広島では基本的に普通の家庭料理全般のだしは瀬戸内海の雑魚や小エビの干したものが中心で、ちゃんとした「椀物」の時だけ鰹と昆布を使うのが多かったと思う。(そういえばそうめんの汁も干し海老と穴子の骨と頭の焼いたのでとっていた)
料理本や料理サイトが発達していき、「どこでもおいしい京都の料亭的な味」というのももちろん素晴らしいのだけれども「母親のしていた料理」と「記憶」に繋がるこういう郷土料理、とまでは言わなくても「やり方」がなくなって欲しくないなあ。。。などと、今回煮しめを煮ながら考えたのでした。
・・・と、えらそうなことを書きつつもドイツでは私も「出汁パック」愛好者。
味噌汁の出汁だけは雑魚と昆布で取っていますが、その他の煮物はここ数年
まるもさんの「鰹ふりだし・純」を使用してます。これで取った出汁は「妙に美味し過ぎない」のが特徴で、自分で更に塩や醤油や味醂で調節できるのが嬉しい。
ちなみにリンク先のお店は広島の自然食料品マニアであればかなり有名なお店。
私が小学生の時お小遣いで「大豆ソーセージ」を買った、由緒正しき(?)お店です。
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